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■1999.7.31
美容院を予約して、猫二匹を洗う。たぶんこの家で洗うのはこれが最後。次回は新しいシャンプードレッサーがあるからねと言い聞かす。二匹ともゆったりと湯舟に浸かって今回はすごく楽だった。こんなに簡単に洗えると毎週でもいいなあと思ってしまう。スターダストを聴きながら引き出しの片付けをする。音楽が身近にあるというのはいいものだ。あくまでも趣味の世界だから、家族にも認知させる必要があるが、だんだんレパートリーを広げていこう。
■1999.7.30
今日の夕方5時頃、銀座の山野楽器の前を通ったら、パープルのHighway Starを掛けていた。ああ、これが分かる人が何人いるのだろうかと思いながら通り過ぎる。ちょっと嬉しいことがあって、レカンのケーキを買って帰る。幸せな予感と上質なケーキは相似形。先週の今頃はオースチンで必死にメイルを書いていた。今夜はスターダストをたっぷり聴いている。暑くて、風があって、D.ボウイの声質にあった夜だ。
■1999.7.29
週末に備えて、夜10時から買い出しに出かける。車で10分くらいのところに24時間オープンのスーパーマーケットがあるのが頼もしい。お値打ち品ばかりを選んでカゴに入れる。これってほとんどスポーツ感覚で、安い、買おうと瞬間に選別している。中を見ると、みんなカジュアルな格好。中国系のひとがやはり中国野菜のコーナーで選んでいた。地元のスーパーにはあまり行かないが、ここだけは別。ほんとうに困った物があるときお世話になっている。 ここはもう二十年くらい前からある24時間営業の店なのだ。最近チェコを旅してきた知り合いに話をきいて、盛り上がる。レストランの価格が中心に近づくにしたがい、3、4倍も高くなることを聞いておどろく。観光客の来ない地区だと地元専用価格らしい。
■1999.7.28
平日にお休みして、家の中の片付けに追われる。家事というのはおこがましいが、気持ちよく暮らすためには洗濯や掃除も大切。最近ほしいものが見当たらない。買い物にも熱中する時期と醒めた期間があって、今は後者の方。アメリカで家具を見ていたが、どれも英国風の模倣のような気がして、本物を見たときに感じる心の渦のようなものに出会えなかった。職人がいる国は偉大だと思う。イタリアの金細工の職人や、イギリスの紳士服の職人などなど。日本はインターネット・デザインの職人がたくさんいるような気がする。
■1999.7.27
ほぼ半日かけて他社との比較表を完成させる。グローバルな企業といっても、日本サイト、US サイトではおおきな隔たりがある。日本語だけで暮らしている人たちと、英語だけで生きている人がいて、混ざりあい、ぶつかり合いしながら、共存しているのが現代。武器を使った争いの替わりに政治力という新しい手法が存在する。真面目なだけでもだめ、相手を納得させるにはだれでもわかるデータを見せて、自分のよさを強調すること。仕事というのはいかに自分のよさを相手に認めさせるかに尽きる。もう少し上手になれたらと思いながら、女だからといって感情的にならずににこやかに訴えてみる。
■1999.7.26
一週間ぶりに会社に出る。電車に乗って、当たり前のように通勤するのがふしぎ。出張の報告をして、貰ってきた宿題をひろげるともう五時だ。月曜日から残業は避けたいが水曜日をオフにしているので、とりあえず頑張る。外に出れば、日本の夏を満喫。こんな気候だと初めて東南アジアの一員だという気がする。この暑さでお米が育つのだから文句はいえない。気晴らしにAmerican Vogue を読む。
■1999.7.25
オースチンからサンフランシスコ経由で帰ってきた。空港を出たとたんに暑さに驚く。ずっと冷房の効いた快適な環境にいたので、暑苦しい日本の夏を忘れていた。家に帰ると猫が二匹、出迎えてくれる。荷物を広げ、わずか八日間の不在の重さを受け止める。なんと隔たった国から戻ってきたことか。日本とアメリカの間の考え方の違いを忘れないように書き留める。こんな狭い土地に仲良く暮らしている国民と、点在する大きな住居に暮らす人が理解するには、違いがあることを意識しなければいけない。ひとつの考え方だけでなく、別の人間がいるのだと認識すること。
■1999.7.24
本社まで打ち合わせのため出かける。ずっとホテルでの会議だったので、着いてから初めての出社。知り合いとであって時間を予約して、あちこち歩き回る。アメリカの会社は当たり前だが広くて美しい。日本にいると気付かなかった大きさを感じる。帰り道、タクシーを待たせて買い物をする。タクシーをいちいち呼び出さないとつかまらないので、ちょっとした買い物にもこんな手を使う。夜は香港から来た会社の友だちとモンゴリアン・バーベキューを食べに行く。こういうときは、香港の人といると頼もしい。香港では住み込みのメイドが六万円程度で雇えると聞いて、驚く。彼女達はフィリピン、タイ、マレーシアの各国から香港に出稼ぎにきているのだそうだ。
■1999.7.23
会議の最終日、ほっとして疲れた頭を休めるため、庭に散策に出た。すると後ろから名前を呼ぶ人がいて、振り返ると日本の知り合いだった。いまは、アメリカで働いていて、こらちには昨日着いたという。ほんとうに何万分の一の確率で出会えたのだ。そのあと、タイレストランで近況を報告しあう。話は尽きなくて、なごりおしそうに別れた。こういう出会いがあるから、旅は面白い。
■1999.7.22
会議の最終にも雨と雷が続いていた。夜、みんなでパーティに参加することになっているのだが、この天気では中止しなければならないかもしれい。六時に参加する人たちがロビーに集まると、不思議に雨は上がっていた。それからバスに乗って、市内観光した後、湖にそのバスごと飛び込んで遊覧する。このバスは水陸両用車だったのだ。湖の周りには素敵な家が立ち並んでいるが、日本でもみたような景色だった。もう少し努力すればベニスになれるのにと思われる場所もあった。そのあと、メキシコ料理を楽しむ。みんなでひっきりなしにしゃべり続けて、たがいの出身地、仕事先などを話し合う。ひとつのファミリのように暖かな空気が流れていた。
■1999.7.21
朝7:30から会議が始まる。中に見知った顔を見つけてほっとする。これから三日間、この人たちといっしょにワークショップに参加するのだ。モデムを使って会社のネットワークに接続する。この状態で仕事できるのがありがたい。メイルをチェックしながら、発表を聞いていた。この国は、朝の日の出が遅い変わりによるは九時近くまで明るい。TVではジョンF.ケネディ Jr の特集をどこでもやっていた。美しいカップルを襲った悲劇に心が痛む。
■1999.7.20
朝、目覚ましの音で目が醒めた。時差のせいで眠れないだろうと思っていたが明け方にふいに眠りについたようだ。目の前に広がるのは緑の庭園とゆったりと流れる川、そしてそれをまたぐようにして掛かっている橋。絵のように美しい。今日は一日オフなので、食事のあと町に出てみる。ホテルからタクシーでいちばん大きなショッピングモールに行くが、欲しいものがない。買い物の楽しさは思い掛けないものを見つけることに尽きるが、ここには平凡なグッズばかりで退屈する。帰りはタクシー会社に電話して、迎えにきてもらった。
■1999.7.19
直行便でJFKに着く。マンハッタンまで車に乗って三十分。ここも暑い。人々が当たり前のように暮らしている中、旅行者のひとりになってホテルにチェックインして、町に出た。一年前と変わらぬ風景だが、暑さのために道行く人々のなんてカジュアルな格好なのか。 まるで海辺の町にいるような軽やかな服装。ナイキタウンでシューズを買って、ホテルに帰ってメイルをチェックする。あと数時間でここを立たなければいけないが、近代美術館によって、マチスやピカソやシャガールを堪能する。これが見たくて、わざわざニューヨーク経由にしたのだ。幸福感に満たされて、町を去る。飛行機が遅れてテキサス州オースチンについたのは、深夜だった。
■1999.7.18
出発のあさ、CNN で天気を確認する。ここでは4日間の世界の天気がわかるので、荷物を詰め込む寸前にチェックすると便利だ。幸いなことにニューヨークは雷雨から曇りに変わっていた。日曜日の朝、早起きして仕事にいくと考えると、少し緊張する。猫が広げたスーツケースの上に座り込んでいて、どかすのが大変だった。 
■1999.7.17
日帰りで館山に出かける。帰ってきてから旅行のしたくをするが、荷物をどう選んだらよいのか、しばし迷う。初めての会議で、メンバがいまいち分からない。カジュアルな雰囲気で進むのだと思うが、オフィスにも立ち寄るので、上着ももった。猫たちに約束したアジを買ってきて、塩焼きしたものを与えると、ひじょうに満足したのか、そばを離れない。明日も早起きすることになった。
■1999.7.16
出張のため、各種手配に走り回る。一週間留守にするだけで、なぜ忙しいのか、ふしぎだ。ThinkPadをもって初めての出張である。これでホテルから国際電話しなくてすむと思うと嬉しい。世の中はなんとなく便利になっていくのだ。通信手段の進歩は生活を快適にする。今日、議題が送られてきたが、それをみるとかなり深い。
■1999.7.15
東日本橋にあるコスガのショールームにお邪魔する。クルミの質感を生かした2400mm×1200mm、高さ700mmの学習机をオーダすることになった。ここは、ダイニング用のテーブルのでザインに合わせて、特注ができるのがありがたい。久しぶりによい家具をみて、こういう家具に囲まれて暮らしたいなあと思う。シンプル&ナチュラルな家具がいちばん心がやすまる。
■1999.7.14
朝から発表用資料の作成に追われる。水曜日だというのに、気分は週末のように明るい。午後打ち合わせして、初めての方と意見交換する。仕事がいそがしくて、走り続けるような毎日は、嫌いではない。ときおり、どこかで気分転換して、元気が続く努力をしているが、無理はできない。夕方、家の内装についてこまごまと打ち合わせをする。
■1999.7.13
大雨のため、電車が止まっていた。千葉県は海に囲まれているから、雨が降るとすぐに内房・外房線が運転を見合わせてしまう。海岸線に近いところを走っているので、仕方ないといえばそうだが、通勤の帰りにうんざりする。替わりにバスで帰ってきた。英語でこんな雨をcat & dog という。
■1999.7.12
情報サミットに出席する。アメリカが現在webにおける主導権を握っているのはいくつかの幸運な出来事の連続だったという説がおもしろい。それによれば、50年前、市内の電話料金を無料にしたこと、これが接続料金だけで一気にインターネットが広がった。また、16年前、ひとりの判事がAT&Tの分割を主張したこと。このときは、クレイジーだと思われたことも、現在では、一つの優良企業が、十の優良企業に発展し、おのおのが競争しあってサービスを提供している。そして、最後にアメリカの邸宅にはふつうガレージが付いていたこと。Applesunはガレージで生まれたのを踏まえてである。このことは日本に付いても言えることで、いくつかの何気ない意志決定がその後の政策などに大きな影響を与えるのだ。
■1999.7.11
館山で目覚める。外は小雨が降っていた。持ってきた二冊の本を読み出すが、なぜか集中できない。近くにすむ知り合いのところでメイルの送り方について、説明した。最近、インターネットを初めた人たちがいて、ときどき助けてあげないと進まない。本屋さんに出かけてインテリア関連の雑誌を見るが、シンプルな暮らしをするためには、たくさんの物を捨てなければならないとあらためて実感する。そういう潔さが必要なのだ。子供たちの部屋の希望をきいて、メモを取る。
■1999.7.10
家族でお墓参り。毎月の行事なので、欠かすと気持ちが落ち着かない。その後、幕張にできた大塚家具のショールームに出かける。35階からの眺めは下界を見下ろす感じだ。短時間で回って、食卓と学習用テーブルを予約する。帰ってきて、図面を確認して、もっと大きな机を特注することにした。あちこち歩いたので、午後三時に昼食を取る。夜遅くまで、家具の配置などについて、家族で話し合いをする。
■1999.7.9
お茶の水を歩く。都バスで信濃町まで出て、四ッ谷、市ヶ谷、飯田橋、水道橋と各駅に揺られて学生時代通った道を通る。お茶の水のまちは不思議な若さにつつまれていて、思わずタイムスリップしてしまう。向かう方向から、夕陽が差し込んでいるので前がよく見えないし、どこにいるのだろうと不安になる。いまどき、ヘルメットに手ぬぐい姿で、差別問題とかをお茶の水駅前で演説している学生がいる。その隣の神田や秋葉原、大手町の会社員たちは、いつリストラされるかと怯えているのに、ここは別世界。とても日本人とは思えない風貌の若い男が座り込んでいたり、就職の話題にはな咲いている女子大生がいたり、東京のカルチェ・ラタンだと思う。パリのサンミッシェルのあたりはいつ行っても学生で賑わっているが、あの熱気は世界共通のものらしい。
■1999.7.8
お休みして、いちにち部屋の片付けをしていた。あと一月あまりでまた引越し。今度は建替えた家に入るのだから、荷物を軽くしなくちゃ。使わないで所有しているものがたくさんある。語学のテキストなんて、取っておいても広げることがない。読みたい本はどんどん出てくるし、暇がないのだ。United のマイレージを貯めるためにJCBカードを申し込みに行く。こちらは徒歩15分の近さだが、たまには地元も歩かなくちゃ。涼しい一日で嬉しい。今年の夏は涼しいのだろうか。
■1999.7.7
7月の歌舞伎座は猿之助一座だ。毎年楽しみにしているが、今年は印象が散漫だった。その前に、菊五郎、玉三郎、雁治郎の政岡を見たので、物足りない。お家のために実子千松を殺され、誰もいなくなった大広間で、【でかしゃった、でかしゃった】と、こらえていた感情を見せるが、ここで観客が素直に泣けないと演技に無理がある。早変わりはパフォーマンスとしては優秀だが、物語の主人公たちがいきいきと本当のように出現するところが歌舞伎の醍醐味だと思う。銀座の通りを8時頃歩いていたら、みんな携帯電話をもって、話しをしている。道行く人が全員、携帯で話をしているのはやはり怖い。
■1999.7.6
久しぶりに夜遅くまで起きている。明日は、歌舞伎に行くので本当は十分な睡眠を取らなければいけないのだが、少し興奮していて眠れない。こんな日は二三日して、体に疲れがたまって、辛くなるのだ。分かっていても、なお抵抗して、明日の予定なんか忘れて起きていたい夜がある。
■1999.7.5
まだ梅雨明け宣言を聞いていない。涼しい朝に戸惑いながら出勤する。月曜日に余裕をもって過ごせれば一週間が楽しい。お気に入りの本と飲み物をもって、空いた電車に揺られて出かける。西麻布の辺りはいつ見ても飽きない。町がまだ眠っている時に、ひとり歩くのはもっといい。季節が秋になる前に、この辺りをゆっくりと歩いてみよう。二週間後にUS出張するので手配などに追われる。
■1999.7.4
7月の最初の日曜日、30度を超す暑さの中、初台まで出かけた。都会はもうすっかり夏だ。この辺りは道も番地もランダムなので迷ってようやく目的地に着く。その後、荻窪に寄って、義母の手作りの祭り寿司をごちそうになった。休日の午後は短い。ちょっとおしゃべりをしていたら、すぐ帰る時間が来てしまった。G3 に合わせて碧緑の椅子を揃える。いただいたフォーションの紅茶セットに合わせておいしいケーキを用意しよう。
■1999.7.3
雨の中、猫二匹を洗ってタオルドライする。洗濯の続きみたいなものだが、二匹続けて洗うのは大変。玄関先に雑草が茂ってうっとうしいので、草むしりする。雨で湿っているせいか、根っこまで抜けるのですぐに終わった。なにもしないのに、これだけ繁ったのも自然の力。雨の中休みに図書館まで出かけて、4冊借りてくる。【風雅集・辻 邦生】、【ドナウ・ヨーロッパ史・南塚 信吾】、【泰西からの手紙・久世 光彦】、【濁流・CHEAE Man Sik】。これで週末がどんな天気になっても安心。昼頃から雨が止んで晴れ間が見えてきた。今日は中学のクラス会なので、久しぶりになつかしい顔ぶれに会える。
■1999.7.2
新しいMacにソフトをインストールしなおしていたりして、あっという間に時間がたってしまう。でもG3は本当に快適。Dreamweaver をインストールしなおして、タグをカスタマイズする。ストレスない速さとでもいおうか。これでいままで企画していたことがさくさくやれるような気がする。時間を有効に使わないとと思いながら、忙しい方がなにかと効率よくできるようだ。ようやく本を読み終える。
■1999.7.1
気が付いたら7月。 学校は明日からプール開きをするそうだ。あわただしい6月が終わって、このまま忙しさの中に埋もれてしまいそうだ。毎年、夏が近づくと長い休みをとることばかり考えてしまうが、今年は様子が違う。7月にもいろいろと約束が待っている。とくに週末にはいつも行事が入っていて、ぼんやりする暇がない。どうしたら、優雅に暮らせるかと思いまどう。絨毯にねそべっている二匹の猫がうらやましくなるのもこの頃だ。

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