真由美のページ(表紙にもどる)         since1997.11.15Count.cgi

■1998.2.28

きょうは朝からロック三昧。家族からの強い要請が出て、ヘッドホンでハード・ロック聞いています。しかしブリティシュ・ロックのWebサイトが充実しているのには驚かされる。70年代のロックはクラシック・ロックと呼ばれているらしい。さしずめ私などは、化石を発掘する考古学者というところだ。真由美の音楽修行の中級編も始めました。


■1998.2.27

横浜ランドマークで研修があったので、ついでにクイーンズ・スクエアも覗いてみる。ここ数年でみなとみらいの景色もずいぶん変わった。桜木町の駅前からランドマークに向かって、大勢のおばさま方が歩いている。ここはどうしてか、若い人より、中年が強い。去年できたクイーンズ・スクエアは、ランドマークの不満や欠点をすべて解決したとか言われているが、たしかにぶらぶらと歩いていて楽しいところ。いたるところにベンチが置かれていて、買い物の合間に腰を下ろすことができる。ハードロック・カフェもあるし、HISがオフィスを構えていて、窓口限定の格安ツアーを販売している。スヌ−ピー・タウンは子供連れでも楽しめる。研修は早く終わったのだが、その後オフィスに戻って仕事をしていた。週末は嬉しくてなかなか眠れない。


■1998.2.26

有明から銀座に向かうのに虹橋(Rainbow Bridge)をよく走る。ここは、夜になると橋を釣っている部分に灯りがついて綺麗。たいていは白いライトなのだが、今日は緑色だった。他にオレンジ色もあるが、これはめったに見ない。昨日は白で今日は緑だというのは、何か意味があるのだろうか。推測1: 公団職員の特別な記念日に緑にする。推測2: 担当職員が恋人のと交信に使っている。緑といっても、それがずっと同じ色というわけではない。18:30頃、通ったとき緑が順番に白く変わって行くのを見たことがある。謎のままで、でも気になって仕方がない。


■1998.2.25

二月も今週でおしまい。こう寒い日が続くと人間やっているのが嫌になる。つくづく猫はいいと思う。そこで、気持ちよさそうに寝ている猫を膝に抱いて、暖を取っています。今週は会議ばかりで仕事が終わらない。週末は、美味しいもの食べて、たっぷり眠ってのんびり過ごそう。水曜日から週末の予定を考えずにはいられない生活というのも、問題かもしれない。今朝、FMのクラシック番組で YES かな、まさかと思っていたら、ストラビンスキーの火の鳥でした。これってYESのオープニングにずっと使われていましたよね。間違えるのも無理もない。


■1998.2.24

歌舞伎座に切符を引換えに行く。三月大歌舞伎は通し狂言で仮名手本忠臣蔵。松竹は儲かっているのだろうか、本当に豪華な役者を揃えている。忠臣蔵は日本人に生まれたなら一度はおさえておきたい。二月の朝だというのに、大勢の人が歌舞伎座の前にならんでいた。なんだろうと思ったら、当日分のチケットの販売の列。こちらは片岡仁左衛門の襲名披露公演。芝居はお能もミュージカルも行くが、歌舞伎を見に行くのは、また格別。外は寒い冬なのに、舞台では桜が咲き、川がながれている。そんな景色を楽しみながら、気分の切り替えをしている。


■1998.2.23

EL&PのBBSにたくさん書き込みしたので、知らない方から手紙をもらうことが多い。嬉しいかぎりである。わたしがEL&Pを聞いていたのは、20年くらい昔の話なのに、いまでもその話題で分かりあえる人がいるなんてちょっと信じられない気分。70年代当時でも、EL&P の話ができる人は少なかった。今朝、NHK FMのクラシック番組で、現代音楽をやっていたが、そんな曲を作るくらいなら、プログレになってしまえばいいのにと過激なことを考えてしまう。わたしにとってのロックは、基本にギターとボーカルがいて、後はダイナミックな空間を暗示させるなにかがあればいい。音量は気にならない、でも、全体の格は要求される。快い感動をいつも期待している。昔、一時期、真面目にロック・コンサートのプロデュースを考えたことがあった。どうやって、舞台の上を動き回れば効果的か、泣かせ所をどうするか、全員の衣装はどうするかなど工夫の余地はたくさんあった。今のことは何も知らないが、70年代の日本のバンドは、あと一歩のところでブリティシュに負けていた。それは何かと一言でいうと、男の色気が足りなかった。イギリスのミュージシャンは、自分の魅力を十分に知っていて、それはチャーミングだった。


■1998.2.22

今日、思い立って美容院に行く。日曜日でたぶん混んでいるだろうと予約して出かけると、わたしが最後の一人だった。みんな、オリンピックの閉会式があるので、家にいるらしい。こんなに暇なのも珍しいとかで、ひとしきりおしゃべりする。インフルエンザはどこでも猛威をふるっているらしく、子供たちが次々とかかったという。うちの家族はみんな元気だというと、驚かれた。日頃から野菜を二種類以上食べるようにしているし、週末は鍋物にしているから、自然と野菜を多くとっている。千倉の八百屋さんとも顔なじみだし、新鮮な野菜はおいしい。お昼に玄米ご飯を炊いてみんなで食べた。炊きたてねっとりした玄米は最高。夕方頃、思い出して、部屋の掃除をする。図書館に行くのを忘れていた。今週は公私とも激動の一週間になるので、週末はこのくらいぼうっとしているのが、ちょうどいい。


■1998.2.21

久しぶりに本格的なスパゲティを作った。パスタはイタリア産がいちばん。この頃はスーパーでも手にはいるし、安い。必ずオリーブ・オイルを使うこと。これもイタリア製。おおまかに分けて、ミートソースと海の幸版があるが、今日は、ちょっとさぼってボンゴレ・ソースを使う。まず、鍋にお湯をぐらぐら沸かし、タイマーをかけてパスタをゆでる。その間にソースを作る。これも熱した鍋にたっぷりのオリーブ・オイルを入れて、長葱の青い部分をきざんだものをいためる。新じゃがを予めオーブンで焼いておいて、それをざくざく切っていれる。無塩トマト・ジュースを加え、ボンゴレ・ソースを注ぐ。ここでソースをちょっと味見して、塩あじを確かめる。パーフェクトだ。あとはパスタが茹で上がったら、ざるにあけ、オリーブオイルを振りかけて、かき混ぜる。それを大皿にとって、ソースを掛けて出来上がり。サラダはスイート・コーンと大豆もやし。家族の評判もよかった。ところでNHKイタリア語会話でもお馴染みのダリオのページを発見!


■1998.2.20

いま、外は信じられないくらい雨が降っている。春が近づいているのだ。二月ももうすぐおしまい。NHKラジオの英語会話を聞いていたら、ストレスを発散させるのには、スポーツをすること、料理をすること、音楽を聞くことなどがいちばんだと講師の先生方が話していた。夜遅くまで起きていて、Webにかじり付いているのは、どうなんでしょうか。サーチ・エンジンがうまく働かなくて、見たいWebが見つからないと、かえってストレスを溜めることになったりする。


■1998.2.19

この20年あまりで物の値段はみんな上がったのに、CDは昔より安くなっている。輸入版CDなど、信じられない価格で、CDを6枚も買ったのに一万円くらいだった。おかげで最近はCDの衝動買いが多いような気がする。昔の感覚でひと桁ちがうのだから、仕方がないか。70年代のLPしか持っていないわたしは、レコード屋さんに行って、何を買ったらいいか、まず分からない。基本は、Best Of something は買わない。アーティストが意図して作ったアルバムを、まず重視する。人気のある曲ばかり集めたアルバムは、食べ放題のレトンランみたいにすぐに厭きてしまう。迷ったとき、頼りになるのがアルバム・ジャケットのデザイン。自分が70年代に買ったアルバムはさすがに覚えているので、輸入版でも間違えない。ただ、値段が幾通りも付いているので、そこは慎重に比較している。ほとんどブランド・バーゲンの感覚だ。


■1998.2.18

MAC WORLD Expo Tokyo1998に行ってきた。今年で8回目だそうだが、はっきりいって見どころも特にない。基調講演を聞くために三十分くらい並んだ。噂されたステーブン・ジョブズは来日しないかわりに、ビデオで語りかけて来る。司会のミッチ・マンディッチは真面目で熱っぽく未来を語り、好感が持てた。でも、マイクロソフトのMac担当の人が現れ、Mac対応のOffice98について積極的なプロモーションを行なったのにはがっかり。所詮、ゲイツ君の考えるオシャレな使い勝手のいいコンピュータなんて、Macの思想(Philosophy)とは合わない。始まりの精神が異なっているのだから、仕方がないことかも。なにしろ会場も4・5・6 の3つだけ。お祭りみたいな人込みも、ばか騒ぎもなく、混んでいるのはメモリやMac本体を売っているショップばかり。昔は一日あっても全部見ることができなかったのに、なんという違いだろうか。ただ基調講演の時、マクロメディアの方が言っておられたけれど、いま主流とされるPhotoshopにしても、QuarkXpressにしても、すべて80年代のテクノロジ。その後、急速にWebが立ち上がり、G3のような高性能サーバ並のマシンが出てきたのは、みんな90年代。このギャップをどこかで埋めない限り、飛躍的なことはできないのではないか。はやくG3のノートブックを使ってみたい。G3のコマーシャル、かたつむりが愉快だった。


■1998.2.17

この頃、英語の手紙を書く機会が多い。手紙といっても電子メイルだから、出せばすぐ届く。アメリカ本社との時差は16時間なので、運がいいと、帰り際に送った手紙の返事が、朝届くことになる。アメリカ人には回りくどい言い方は通用しないからと、勝手に解釈して小学生の質問のような手紙を平気で何通も書いてしまった。Netscape Mailにはスペリングチェックの機能が付いているが、これはアメリカ人にも役立っていると思う。ついでに時制の一致までチェックしてくれるとありがたいのですが。


■1998.2.16

月曜の朝から眠い。きのう遅くまで、ハードロックを聴き過ぎたせいか、興奮してなかなか眠れなかった。昔、ギンギンのハードロックを聴きながら勉強したことを思い出す。あの頃は、毒を以て毒を制すのように、世の中の矛盾をすべて音楽の中に閉じ込めて暮らしていた。過激な音楽を聞くほど、心の中が休まるという均衡の中で、よく生き延びたと思う。近ごろの中学生の事件を見ていると、ハードロックを好きなだけ聞かせて、怒鳴りながら歌でも歌えばいいのではないかと考えてしまう。ロックのカラオケって受けると思うのですが。


■1998.2.15

畑の前にある八百屋さんで買い物をしたら、これ一回分だけどといって、菜の花を貰いました。湯がいて、芥子和えにするのが正統な食べ方らしいが、柚子ぽんずにほんだしを溶かしたものと和がらしをまぜて、だしを作って掛けてみた。春の食べ物はふきのとうも、菜の花もみんなほろ苦い。こどもには分からないおとなの味とでもいおうか。他に取り立てのわけぎを茹でて、若布と味噌和えにしてみた。こちらはちょっぴり甘くて、春の匂いがする。こんな純和風の献立になるのも、南房総に出かけたからこそ。お天気はいまいちだったが、大好きなトルコ桔梗も買えてすごく幸せ。このトルコ桔梗はエラリークイーンの《ニッポン樫鳥の謎》にも登場する。これを読んだときどんな花だろうかと思っていて、いつもいく畑の八百屋さんで、その名前を見つけたときは狂喜してしまった。


■1998.2.14

天気予報では土曜日は雨だったが、だんだん明るくなって日が差している。遊びに行く前にちょっとWebをさわっていたら、夢中で時間が過ぎてしまった。これから70年代の音楽修業のページを充実させていくつもり。昔好きだった男たちについて書いている時がいちばん幸せ。たぶんこの人たちにも、残酷な年月が経たのだろうが、(聞くところによればあのジミ−ペイジですら、太ったただのおじさんとか) でも、わたしの心の中では思い出は美しいまま今も残っている。それで良いのだと思います。


■1998.2.13

いよいよデジタル・カメラを駆使して、LPのジャケットを撮ることに決めた。とはいうもののふだん使っていない応接間はものすごく寒い。あそこでLPを並べて撮影するのは南極観測みたいな防寒服がいる。聖バレンタインの日に二十年以上も前に聞いていたレコードのリストつくるのも、オシャレかもしれないと自分を納得させ、さあ、頑張りましょう。


■1998.2.12

寒気がするので、きょうは早く寝ることにする。とろろ昆布に葱をきざんだのをたくさん入れ、味噌をスプーン一杯とほんだしを一杯いれて、熱いお湯を注ぐ。すると即席のお吸い物が出来上がる。葱をたくさん入れたのは風邪の予防のため。これをふうふういいながら飲んで、お風呂でよくあたたまったらすぐ寝る。他のことは考えない。こんな日は、I am not with me という。明日は、金曜日なので愉しいことがたくさん待っているから、今夜はこれでおやすみなさい。


■1998.2.11

今日は女三人集まって、同期会の名簿作り。もう印刷できる状態だと思っていたら、在モスクワなのに勤務先が東京のままになっていたり、働いていないはずの友だちに勤務先の電話だけ載っているのはなぜかと、奇怪なことばかり。要はコモンセンスを持ってチェックしていなかったというだけ。おかげですぐに終わるはずが七時までかかってしまった。途中、札幌の官舎に単身赴任している友だちと長電話したり、不明のメンバの住所を見つけたりと忙しかった。仕事と違って、いろいろと昔の思い出話などしながら楽しく名簿の整理ができました。後から郵便番号順にソートして、お隣さんリンクも付けようかと思案中。これ絶対に受けると思う。


■1998.2.10

《更級日記》を書いた菅原孝標の女(むすめ)が東国からはるばる都に戻り、叔母のつてを頼って源氏物語五十四帖すべてを手に入れることができ、夜寝ることすら惜しんで、それを読みつづけたという。后の位さえもこれに勝ることなしと源氏物語を手にした喜びを語っているが、十何年ぶりに70年代のロックのCDを手に入れたわたしの喜びもちょうどこれに似ている。頭のどこかで曲の一部は覚えているのだが、まとまったアルバムを聞くことによって、初めて頭の中の回路が繋がる。昔とった杵柄とやらで、一度聞いてしまえば、すぐに馴染んでしまうが、問題は時間。ビデオの早送りと違って、音楽は演奏した時間だけ付き合わなくてはいけない。すると一日に聞ける曲は限られてしまう。ほんと寝る時間が惜しい。


■1998.2.9

オリンピックの話題からひとつ。スピードスケート男子5000メートルで、驚異の世界新記録三連発。オランダのジャンニ・ロメ選手はじめ表彰台に立った三人がこれまでの世界記録を上回った。ここで登場するのが、製氷責任者の鷹野隆さん。いままで「記録の出ない低速リンク」と酷評されたこともあったが、五輪で世界新がでることを確信していたという。これで氷作りの苦労もようやく報われ、こちらも世界一のリンクと金メダルだ。


■1998.2.8

今日は梅見に出かけた。南房総の館山市に城山公園があって、その中の梅園は梅と水仙がほぼ満開だった。梅の香りは強いので、離れていてもしっかり分かる。白梅、紅梅、すごく赤い梅。アオジの鳴き声を聞いたが、以前来たときは姿も見たのに、今回は見ることができず残念。海は信じられないくらい青くて、沖には帆船が停まっていた。のんびりと暖かな日ざしの中を歩いていると、コートもいらないくらい。立春を過ぎたのだから春めいた日も当たり前かなと思う。この城山公園は季節の花がいつも咲いていて、三月の声を聞くと桜がほころび始める。


■1998.2.7

あたらしい知り合いがぞくぞくと生まれ、このWebの編成を変えようかとただいま思案中。よく会社で言われるWin-Win (相手もしあわせ、自分もしあわせの関係) になるにはどうしたらいいだろうか。情報を発信しているというよりは、教えられることの方がはるかに多いのだが、それでも何か人にはない取り柄があるはず(笑)。そういいながらも、面倒なことがきらいなので、いったいどうなることやら。問題は中身なんですよね。明日はすきなだけ寝ていよう。睡眠がたっぷりでないと創造的な考えが浮かばないです。


■1998.2.6

ちょっと時間が空いたので久しぶりに部屋の片づけをする。お金はたまらないのに、なぜ埃はたまるのでしょうか。お気に入りのコーナーが二箇所あって、そこの置き物は丁寧に埃を払い、敷物も換えて掃除する。ひとつは昔飼っていた猫の写真立て。寂しいときはいつもこの写真に話し掛けるようにしている。もうひとつはみんなで仏像と呼んでいる唐の時代の女性像のレプリカ。何年か前にルーブルのミュージアム・ショップで見つけて、一目惚れしてしまった。素材は石を彫ったもの。その姿は優美で気品があってプリンセス・チャンと包みには書かれてあった。これを苦労して持ち帰ったので、いまでも大切にしている。当たり前のことだが、このコーナーがきれいになるとほっとする。


■1998.2.5

Bill Gates hit by cream cake in Brussels: CNNのニュースを見ていたら、ビル・ゲイツが顔をクリームだらけにしている写真を見つけて、記事の方も読んでしまった。犯人グループは複数で、ひとりがおとりになって注意を引き、その隙をねらって見事にクリームケーキを顔に命中させたらしい。この直後の模様がQuickTime movieで提供されている。さすがビル・ゲイツは有名人ですね。
Netscape may sell whole or part of company: こちらはNetscapeの身売りの話題。最近報告された97/4Qの収支の損失にからんてまたもや噂が火を吹いているようです。というわけで、きょうはすごくよい英語の勉強をしました。


■1998.2.4

節分の翌日は立春。春はそこまできているはずなのに、相変わらず寒さは続く。きっと昔の人は旧暦で暮らしていたから、二月でも春を感じられたのだと思う。この時期、会社でも仕事のことでなやむ人が結構いて相談を受けたりしている。新しい年が始まって、本来は希望に燃えているはずなのに、忙しさのまま一月が終り、厳しい寒さの中で、ひとりで過ごす時間がたくさんあると、迷いや行き詰まりを感じるものらしい。わたしは毎年、それを予想して愉しみを仕入れておく。本を借りて、音楽を用意して、あとは鍋物に舌鼓を打ちながらこの時期を過ごす。あとは大声で怒鳴るのもいいみたい。きわめて健康的です。


■1998.2.3

今日は節分。祖父母たちが存命だった頃から、この日は節分豆を年の数だけ食べることになっている。祖母が鬼子母神を信心していたので、うちでは鬼は外とはいわず、福は内とだけいうのがきまり。大豆の煎ったのはおいしいし(とくに寒川神社特製の節分豆は美味)、これをたべて春の訪れを待つ。
本を読むはずが、CDを聞いていたら、EL&PのKing Biscuit Flower Hour 二枚組で大発見をしてしまった。これは1997年発売で、マルチメディア対応のおまけ付きなのだが、中身は1974年3月オクラホマと1977年11月ウエストバージニアのライブからの録音盤。この時期、どちらもわたしはロンドンにいた。特に1974年は3月にロンドンでEL&Pのコンサートに出かけたほどである。そして、わたしがまた、EL&Pを聞こうと決意し、CDを買ったのが97年の12月。こういう偶然の一致もあるのだろうか。おまけにを紹介します。


■1998.2.2

上質な小説を毎日数ページだけ読む生活は、上等なお酒をちびちび飲みながら過ごす夜に似ている。快い気分をずっと味わいたいから、度を越さないように用心して愉しむのだ。昨日からずっと、ある作家のことを考えていた。その作品を読んだとき、わたしには人生の経験が少なかったから、半分も意味がわからなかったのだと思う。大人になって、自分のために自由な時間を使えるようになって、やっぱり勉強したいと思う。語学もそうだ。何年、いや何十年やっても物にならないフランス語とか、イタリア語。ラテン語の語彙を知ると英語の語源もわかって楽しい。それに気が付いたのもほんの二三年前のこと。仕事が忙しくなると、つい趣味の方に傾きたくなる。仕事の緊張を上手にかわすには、夢中になれる何かがあればいい。いまは外国の小説に没頭している。


■1998.2.1

図書館で新書を借りるとき、特に作者にはこだわらない。少し読んでから書き出しが気に入ると借りるようにしている。自分ではそう気難しい読者だとは思っていないが、なかなかぴったりくる本がない。きのう夜寝る前に読んでいたときは、それほど感動もしなかった本が、きょう昼前に続きを読んでいたら途端に魅力的に思えてきた。《フラゴナールの婚約者・ロジェ・グルニエ著》
...だがやはりヘミングウェイはいささか時代遅れだ。私はパヴェーゼのように書きたい。パヴェーゼの短い小説(ロマン)はどれも一つの市(まち)に似ている。その市とは周囲を丘にかこまれたトリノのことだが。丘と聞くと私はすぐにパヴェーゼを思い出す。チェ−ザレ・パヴェーゼのどの行、どのページも家や通りに似ている。・・・
チェ−ザレ・パヴェーゼはイタリアの有名な作家で二十年くらい前、夢中になって読んだ作家のひとりである。その後、イタリア人にこの作家について聞いたところ、通俗的だといわれてがっかりした。だが、意外なところで彼のことを誉めている作家と出会ったので狂喜している。このページ以降、俄然内容が面白くなってきた。


■1998年1月分

■1997年12月分


■1997年11月分
■1997年10月分