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■1998.1.31

今日で一月もおしまい。冬の晴れた日は大好き。ガラスの向こうがどんなに寒くても、日溜まりでぬくぬくと猫とひなたぼっこできるから。朝からEmerson, Lake & Palmer をかけて、部屋の片づけをしている。グレック・レイクの声にうっとり。布団を日に当てて、シーツを洗濯して、それから遊びに出かける予定。


■1998.1.30

来週から、郵便番号が七桁になるので、会社のWebページの営業所・代理店住所の、郵便番号を七桁に変更する。これは案外神経のいる仕事だった。分からないところは、直接電話で確認したりして、とにかく完了させる。でもわたしは自分の家も会社も、新しい番号をいまだに覚えられない。暗証番号が四桁なのも、普通の人間がそれ以上の桁数を空で覚えていられないからだと思う。会社で使うパスワードなんか、数えたら17個もあった。よく間違えずに使っていると思う。


■1998.1.29

一週間程前に《古代日本の文芸空間 - 万葉挽歌と葬送儀礼 上野誠 著》という本を借りたが、内容が分かりやすくて丁寧に書かれているのでに一気に読んでしまった。万葉の時代は、まだ律令国家の形成期で天皇が堂々と恋歌を読んでいたのである。奥付に著者E-mailが記されていたので、さっそく読後感想を送るとすぐに返事がきた。著者じきじきのお便りをもらい、感激している。おまけに、難解な字句が多いのでフリガナをふってくださいとお願いしたら、専門書なので図書館で借りて読む人のことは考えなかったら、次回から意識しますとコメントが付いている。こういう風に読者と著者が何気なく話ができるのもCyber Spaceに暮らしている特権だろうか。奈良に行ったのは修学旅行のときだったから、また、ゆっくりと旅をしたいと思う。


■1998.1.28

こんな日が自分にまわってくるとは思わなかった。朝八時前に会社に行ってMac6100/66 の電源を入れる。しばらくして、まだ立ち上がっていないことに気付いて、電源をもう一度入れてみる。すると、四角く震える箱が表示されるだけで動かない。拡張機能を外してもう一度立ち上げ直す。変化なし。メイルも読まなくてはいけないし、朝一番でやりたい仕事もある。絶望的になって、思い出したことがあった。それは6100は電池切れになると起動しなくなるということ。いつもお願いする業者さんに電池交換を依頼して、ひたすら待つ。その間、留守の人のMacを開けて、とりあえずNetscapeは立ち上がるから、Webの記事を読んだりして過ごす。Macがないと、手紙も読めないし、ファイルも開けられないし、お手上げ状態である。そうして結局、半日死んでいました。もういちどMacが立ち上がったときは、ほんとうに嬉しかった。これで直らなかったら、ロジックボードの交換なんていうおそろしい未来が待っていたのだ。ところでこの電池は三年くらいしかもたないという。覚えていられないですよね。


■1998.1.27

Sun Microsystems主催のJavaセミナに行ってきた。幕張メッセだと思っていたら、なんと東京21イーストだった。途中で気が付いて、電車を乗り換えてなんとか間に合う。SunのCIOやEnterprise systemの話はとても面白かった。プレゼンテーションの基本をきちんと押さえているので、これは自分のときも使えるとメモをとる。こういうアメリカ企業の偉い人の話を聴くと市場や競争相手の状況がわかってよい。事例紹介でうちの会社も説明があった。なるほどそうだったのかと、ここは熱心に聴く。わかりやすい話し方なので英語の勉強にもなる。情報とコミュニケーションがいちばんの課題だと思った。


■1998.1.26

昔から絵を見るのが大好き。展覧会もまめに行くようにしている。去年の夏はジャスパー・ジョーンズ展で大いに刺激され、コラボーレ−ションだとかいって、アクリル絵具を買い求め、三枚も絵を描いてしまった。だたし、門外不出でとても人に見せられるような代物ではない。基本的に混んでいるところは嫌なので、美術館には何をおいても朝いちばんに出かける。まわりに人がいるだけで心を開いて素直になれない。これは昔からかわらない。Webの世界では、美術館も情報を発信しているが、今日メイルをもらって、世界日本の美術館リンクをおそわった。全部はとても見ていないが、いながらにしてどんな展覧会があるのか、情報収集できるのは頼もしい。


■1998.1.25

今日は他所でちょっとWindowsをいじってみた。わたしはMacユーザなので、Windowsで込み入った仕事をしたくないから、あらかじめMac版のFilemaker3.0でテンプレイトを作り、それをFDDに保存する。そのときちょっとした操作が必要で、FDDを初期化するときDOS/Vを選び、そこにMacで作ったファイルを保存する。するとPCと書かれた見たことのないFDDが出来上がる。今度は、Windows版のFilemaker4.0を開いて、そのPCと書かれたFDDに入っているファイルを選ぶ。すると簡単に開く。あとはデータを流し込んで保存する。今度はそのデータが入ったファイルをMacで開く。簡単にできるではないか。あとはMac上でデータの手直しをする。なぜこんなに込み入った手順がいるかというと、ほとんどの人がWindowsになってしまい、データもWindows版のExcelに入っていたからだ。こういう経験は初めてだったが、Filemaker は3.0も4.0も自由に行き来できると聞いていたので、実際にうまくいってほっとしている。これで名簿の訂正も完璧にできるはず。


■1998.1.24

久しぶりに図書館に行って本を借りて来る。目の前に県立中央図書館があるのだが、ずっとごぶさたしていた。ここの新刊コーナーが充実しているので、そこから探すようにしている。時期柄、学生さんが大勢いて必死になってなにか調べものをしていた。《古代日本の文芸空間 - 万葉挽歌と葬送儀礼 上野誠 著》江戸時代についで奈良時代が好き。万葉の歌人は一通りならったが、飾らない歌ばかりなのがいい。三輪山、葛城山、生駒山、畝傍山、耳成山。これらの山は、万葉集にしばしば登場するが、地図の上で位置関係をつかみながら、この話を読んでいると嬉しくなってくる。日頃使わない灰色の脳細胞に栄養がしみわたるようだ。この本もまた買うことになるのだろうか。


■1998.1.23

仲良しの友だちができたので、70年代のロックをまた、堂々と聞き始めた。するといままで素通りしていたレコード店のCDコーナーにも、ちょくちょく顔を出すようになる。本屋さんの代わりにはならないが、とにかく寄るところが確実に増えてしまった。横浜のランドマークには研修でよく出かけるが、これからはキタムラやアガタのかわりに新星堂をチェックしなければいけない。この間、銀座に出かけたときなど、つい山野楽器の店先で挨拶しそうになってしまった。Webでよくお世話になっているのだ。肝心のレコードも輸入版のCDなら驚くほど安い。わたしの高校時代と変わっていないし、むしろ安くなっているものもある。それも、いままでは知らずに過ごしていた。


■1998.1.22

家で使っているMac互換機が壊れてしまった。マザーボードに直付けのビデオ信号用の接続部分が機械的に壊れて、赤色信号が出なくなり、画面が青っぽくなってしまった。ちょっと無理な力を加えたみたいだ。買ったメーカーは五年間無料保証(さらに最初の一年は無料で出張して直してくれる)をうたっているので、電話して修理をお願いする。部品が届くまで、二日間かかり、二人の作業員が直しにきて、ロジックボードを交換してくれた。もちろん、すべて無料である。こういう会社をアップルは切り捨てたのである。脅威を感じたのだろうか。


■1998.1.21

帰ってくると、音楽を聞くようにしている。毎日テーマを決めて、朝から掛けるレコードも合わせている。いまは、ツェッペリンがいちばん気分にぴったりする。その日の体調と、機嫌でアーティストを選べるなんて、昔には考えもしなかった。70年代は、次々と紹介される作品を年代順にリアルタイムで聞いていただけである。それがあとから、ハードロックとか、メタルとか、プログレッシブと分類されてもピンと来ない。わたしにとって、音楽は出来事と場所がいつも結びついている。いくら、いまいくら名盤といわれても必然性なしに音楽をきく気持ちにはなれない。


■1998.1.20

きょうはたくさん仕事をした。Webでニュースを読む時間もなかったくらい。うちでは、新聞をとっていない。大切なニュースはWebから仕入れている。でも今日のスポーツ紙は面白かった。一面で松竹の奥田親子の解任の見出し、そして、芸能欄では、そんな松竹の解任劇もどこ吹く風で、歌舞伎座片岡仁左衛門襲名披露のため、わざわざ京都・先斗町から五十人の芸妓たちが総見で、揃いの松(松島屋にかけてある)の帯を締めて、あでやかさを誇っている写真が載っていた。世の中はほんとうに厳しいのでしょうか。


■1998.1.19

銀座の松屋で開かれている"知られざる御用絵師の世界展"に行ってきた。今日が最終日なので閉場三十分前に滑り込む。デパートの催し会場で開かれる展覧会は苦手だが、なかなか見ごたえがあった。元禄から寛政までの徳川幕府の召し抱えた御用絵師たちの集大成なのだが、尾形光琳乾山円山応挙、狩野典信など教科書でならった画家たちのたくさんがずらりと並んでいる。金箔のうえに、緑の松や、花鳥を描いた屏風は、美しくまるで、花が咲いたようにあでやかだ。これらをニューヨークの大邸宅に持ち込んで、ひろびろとした空間で鑑賞してみたいものだと思う。新春にふさわしい華やかな展覧会だった。


■1998.1.18

今年に入ってまだ三週間足らずなのに、嬉しいことがたくさんあった。ひとつは、長年の課題だった70年代のロック・サイトを発見したこと。ブリティシュ・ロックの専門サイトもあって、データの正確さ、内容の濃いさに驚かされる。さらに自分と趣味のぴったり一致するプログレッシブ・ロックのサイトも見つけてしまった。みなさんがあちこちで地道に努力されているのを見ると、自分も頑張らなくちゃとしみじみ思う。もうひとつある。こちらは高校の同期会だが、メイリング・リストのメンバがぞくぞくと増えて24名になった。学年で389名だったから、10%になる日も近い。自宅だけでなく会社のアドレスを指定している人もいるが、高校時代の友だちといながらにして、会話できるのは最高だ。こういう愉しみって一年前には考えられなかったわけで、Webのすごさを感じる。


■1998.1.17

なぜか今日も家にいる。出かけようと思ったら、雪が降るとか予報でいっているので取り止めにした。代わりに朝からずっと音楽を聞いている。気が付いたら、フィガロとか魔笛とかモーツアルトの音楽しか聞いていなかった。それがWebの友だちと話をしているうちに、わたしはハードロックが好きだったことを思い出した。本当にいままでそのことを忘れていたのだ。音楽の楽しさは、やはり、感性の問題。自分の好みを信じて、いいと思うアーティストを聞き込むこと。家族のものに呆れられながら、一度に30枚もCDを買ってしまった。これでも、家にあるLPの半分にも達していないのだ。これで一応、代表作は押さえた。それぞれをグループ分けして、10枚組のカセットCDに収める。すると二枚組のCSN&YがDISC 2 しかないことに気付いてあわてて、レコード屋さんに駆け込んだ。輸入版にはまれにこういうことが起きるとかで、とりあえず入荷したら連絡をもらうことにする。それからゆっくりとCDを聞いている、ただしヘッドホーン付。ハードロックは、家族のものに認知されていないのだ。これは昔からかわらない。


■1998.1.16

きのうから四連休して家にいるが、1977年ロンドン留学日記を書いている。これは昔の日記帳を読み直しながら、1977年の一月から十二月までの日々の思い出を綴ったもので、二十年ぶりに自分を見つめ直すよい機会になった。なんとか今日中に仕上げたかったのだが、十二月の途中で挫折してしまった。つづきは明日書くことにする。二十年と一口にいうが、いろんな日々があって、悩んだり喜んだりして生きていたのだと思う。なぜかロンドンで暮らした日々のことは封印してあった。この日記を読んでいると、いま自分の生き方の基本のようなものが凝縮されていて可笑しい。むかしから馬鹿は変わっていないのである。


■1998.1.15

今日は成人の日。うちは千葉県立文化会館のすぐ近くにあるから、昔はここで千葉市の式典が開かれてそれは華やかだった。いまは千葉ポートアリーナに会場が移ってしまったが、何年間も晴れ着姿のお嬢さんたちを見て、楽しませてもらった。わたしの成人式もここで行なったので、中学時代の友だちと誘い合わせて出かけたことを覚えている。わたしの場合、成人式も、結婚のときも、全部ヨーロッパ旅行に振り替えてもらったので、晴れ着というものを着たことがない。かわりにお小遣いをたっぷり貰って、旅行に出かけたのだから、はるかに多くの物を得たという気がしている。旅行はプランニングから、すでに始まっている。あとは、帰って来てからいろんなことを思い出しては、ひとりで楽しむのだ。サンフランシスコで買い損なった、カルバン・クラインの若草色の皮のジャケットとか、サンジェルマン・デ・プレで毎日通って眺めていたオーストリッチのケ−リ−タイプのヴィトンの鞄とか。買わなかったものの方がいまでも鮮やかに覚えているのは不思議だ。ブランド買いは疲れるから嫌い。それよりも、地元のひとが知っている名品を探すのが楽しい。


■1998.1.14

半導体メーカにいる人ならたいてい知っているEETIMESという雑誌がある。もう十年も前になるが、当時の日経エレクトロニクスの編集長にこれを読むといいと教わった。雑誌はタブロイド版でいまも発行されているが、そのWeb版があるのは気が付かなかった。この中に、いくつか面白いサイトが紹介されていたが、クラシック専門のWebは楽しい。作曲家の年表もあったり、ビデオが付いていたりして、音楽好きな人は訪れてみる価値あり。gooinfoseekも使うが、やはり紙媒体から教わることが多い気がする。


■1998.1.13

まだ泊まるホテルも決まっていないのに、航空券を貰ってしまった。こうなったら、なんとしてでもホテルを探さなくちゃ。ある旅行社の方から聞いた話だが、ホテルの料金は何段階にも分かれていて、いちばん安いのが、Corporate discountなのだそうだ。要するに会社から申し込むと特別料金が適用されるというわけ。といっても、その料金表がこちらにあるわけではなく、申し込んで初めて提示される仕組みになっている。ひとつの都市に普通は三日間、ながくて五日間の滞在だから、町の中心の便利がいいところにしたいと思う。するとどうしても値段が高くなってしまう。旅行を計画するたびに思うことは、一月まるまる部屋を借りて、そこで生活したいなということ。いまの会社の場合、三週間くらいなら休みは取れるから、ぜひ実現させたいと思っている。年をとると、快楽というものに別の意味がでてくる。清潔で広々とした部屋でゆったりとした時間を過ごし、街にわざわざ出かけなくてもいいと思うような旅もまた楽し、である。


■1998.1.12

海外旅行はほとんど趣味の世界で、机上でも、パソコン上でもプランニングするのは大好きだ。最近はマイレ−ジという通行手形ができてしまったから、特定の飛行機会社ばかり使うことになる。マイレ−ジといえば仕事でアメリカ本土を何往復かして、ポイントを溜め、奥さんを連れてハワイに行く人を何人か知っている。そういう人は海外出張でも少しも嫌がらずにでかけていく。わたしの場合、仕事でいけるのはほとんどアメリカだから、個人の旅行先はどうしても欧州になってしまう。昔、長いことロンドンにいたので、まわりを旅することは慣れているからだろうか。今年も旅行のプランを立てていて、安い韓国発券のチケットが1月15日付けでなくなるという知らせを聞いた。ウォンの思いがけない暴落が原因らしいが、今後はアメリカ発になるから、その分料金も上がるという話。発券が一週間くらいの差でずいぶん変わると言うので、あわててお願いする。このあたり、家族で旅行する身としては、シビアになってしまう。


■1998.1.11

掘りたての大根は、葉っぱもまだみずみずしくて、そのまま捨てることができない。太そうな茎を選んで、葉を包丁の背でこそげ落とす。その茎を集めてぐらぐらと熱湯でゆでると、しゃきしゃきした歯ごたえが楽しい。これをピーナッツとじゃこと絡めて炒め物にすると、中華の逸品になる。大根の方は、葉の付いた部分を15センチくらい切って、皮をむき、短冊切りにする。ここにゆずの皮をこまかく切ったものを入れて、浅漬けのもとと、ゆずの実を絞ったものを入れると、ゆず大根ができあがる。新鮮なやさいは、なにも加工しなくてもおいしいが、ほんの少し手をかけると、ぐっと味が引き立つ。これは人間にもあてはまる。というわけで、取り立ての野菜を目の前にして、すっかり主婦してしまった一日でした。わたしは、だれも信じないけれど、お料理大好き。おいしいものを食べると、それを完璧に再現するのが趣味です。


■1998.1.10

三月に旅行を予定しているのだが、肝心のホテルをまだ押さえていないことに気が付いて、あわててネットを探す。やはり定番は地球の歩き方世界のホテルガイドあたりかな。ドイツ人の作ったデータベースはやっぱり優秀で、鉄道の時刻表飛行機会社もあって、自分で計画をたてることができる。やっぱりWebの世界は素敵ですね。ウィーンから、フィレンツェまで飛行機で二時間じゃないか、これが電車だと三回も乗り換えて、十時間もかかります。こういう情報はいくら本を読んでもわからないから、本当に役にたつ。


■1998.1.9

朝起きてみたら、うっすらと屋根に雪が積もって、あたりは一面の銀世界。昨日寝ているうちに雪にかわっていたらしい。週末だから、できることなら仕事を休んでしまいたいが、そこは大人の場合、やはり逃げるわけにはいけない。約束があって、原稿を送って、仕方ないですね。と、くどくどいいながら、各駅停車で出かけることにします。帰ったら、楽しい週末ですから頑張らなくちゃ。


■1998.1.8

東京では、午後から降り出した雪が積もって、街のようすが一変している。白銀の世界は、まるでスキー場みたい。今年の初雪ですよね。でも、雪が降ったくらいで鉄道や道路状況がニュースになるのだから、東京では雪は珍しいのです。この頃、昔ほど降らなくなったし、心のどこかで待っているのだ。ところで千葉は雨でした。浦安の附近はすっかり雪だったのに、千葉に近づくと雨に変わっていた。なんか不公平な感じ。東京のこどもは明日雪合戦できるのに、千葉の子はかわいそうだと思う。おなじ海沿いでも横浜は大雪警報がでていました。ちなみに大阪は大雨だそうです。


■1998.1.7

新年がはじまって、そう明るい話題もないのだが、Web友だちから思いがけない便りがとどいたりする。いながらにして、世界旅行をしている気分になる。世界の最新情報が友だちのメイルでわかるなんて、すごい時代になった。そういえばPC Watchで、電気街の福袋特集をやっていて面白かった。じっさいの中身をカメラで取って、内容の価値を検討している企画である。ここは企画ものが得意なので、暇があったら見るようにしている。わたし自身は欲しいものは決まっているので、福袋のようなバクチはあまり好きでない。CD の福袋なんて、考えただけでもおそろしいとは思いませんか。


■1998.1.6

引き出しを整理していたら、平成二年の年賀はがきがごっそりと出てきた。今は平成十年だから、八年も前の年代物である。さっそく郵便局に持っていって普通の官製はがきに換えてもらう。これで懸賞クイズを出しまくって、生活の糧にしよう。とはいうものの、わたしは根性がないから、昨年のお年玉付はがきの当選品も期間内に交換するのを忘れていた。昔から地道に努力するのは苦手で、楽をすることばかり考えていたような気がする。それにしても、お年玉はがきで一等になる人ってどんな人なのだろうか。


■1998.1.5

外資系の会社は正月よりも、クリスマスを祝うものなので、今日も晴れ着の人は少なかった。なぜかみんな黒を着ている。昨年黒が流行るという話もあったような気がする。でも、黒い服ほど仕立ての良さがはっきり現れるものはない。アメリカのエグゼクティブはみな、ダナ・キャランなどの高価なスーツを着ていて、一目でその地位がわかる仕組みになっている。だから、本社の人と会うときはすごく気を使う。今年は何人のアメリカ人に会うのだろうか。


■1998.1.4

きょう、新春猫洗いをした。猫を二匹飼っているのだが、定期的にお風呂にいれて、そのあとタオルで乾かすという猫洗いの仕事がある。二匹のうち、おすのシャム猫の方は、気持ちよさそうに湯舟に使っていたが、もう一匹のめすのアメショの方は、ミャンミャンと始めから、うるさいくらい鳴いている。でもさすがにお湯に浸かっているときは、静かにしていた。その後で、タオルで水分を取って、ドライア−で乾かすのだが、だいたい全部で三十分くらいの行程である。なぜか猫洗いの担当はわたしと決まっていて、他の人はどんなに暇でも、自発的に手伝ってくれない。以前飼っていたシャム猫が凶暴で、わたし以外の人間に洗うことを許さなかったことに起因しているのかもしれない。いま飼っている猫はおだやかな性質で、噛んだりはしないのだが。よくいわれることだが、猫が水を嫌うと言うのは嘘だ。アメショの方は、まだ小さいとき、風呂場のふたから落ちて、立派に泳いでいた。能ある猫は爪を隠すのである。


■1998.1.3

きょうは高校の同期会が開かれた。今回は三年C組が幹事クラス(A〜Hまでが毎回持ち回りで実施)なので、幹事役員は13:30 にホテルに集合。そして、一次会から三次会まで同じホテル内を移動して、わたしが途中で抜け出してきたのが21:00。七時間半もいっしょにいたのだ。わたしたちは同期会マラソンしているのだろうか。別の日に幹事のご苦労様会も予定されている。うちのクラスの盛り上がり方は、ちょっとすごいものがある。高校時代、目立たなかった子が立派になって活躍しているのを見るのは楽しい。でも、二十六年ぶりにあって、分からなかった人もいた。さて、今年はどんな年になるのかしら。同期会のWebページも作ったし、emailが飛び交うようになるのだろうか。


■1998.1.2

館山で、初詣にでかけた。まず安房神社、ここで毎年、破魔矢を買わないと正月を迎えた気分がしない。今年は絵馬も奉納する。境内の出店で達磨を買う。館山に来るようになって、これらの楽しみをおぼえた。和服姿の女性もいて、華やいだ風情がある。それから萬徳寺、ここには寝釈迦(お釈迦さまが横たわっている像)がある。段に上がり、三周半して、その足に手や額をあてると、悪いところが治るといわれてる。そして最後が八幡神社。ここは、館山のうちから歩いて、五分くらいのところにあるが、鎌倉の鶴岡八幡宮を擬して建てられたといわれ、正式名称は鶴谷八幡宮という由緒ある神社である。これが例年のコースだが、今年は天気のよかったせいか、晴々とした気持ちになった。


■1998.1.1

1977年のロンドン留学日記を見直していたら、なぜ私があんなにイタリアに引かれているのか、謎が解けたような気がする。ロンドンの学校で知り合った友だちは圧倒的にイタリア人が多かった。いっしょにバレーや、ミュージカルを見に行ったり、イタリア料理を教えてくれたり、源氏物語の講議をしたりと、知的で楽しい時間を分け合った。みんな才能があって、きらきらしていた。私の知っているイタリアのイメージを完全に覆すような素敵な仲間たちだった。もういちど彼等に会いたいと思う。フィレンッェやベニスを旅しながら、もしかしたら、まためぐり合えるのではないかと密かに思ったりしている。芸術について真剣に語ることのできる相手は、いまのところイタリア人しか思い付かない。もうひとつある。新しい住まいが見つかると、かならず大勢の友だちを呼んでパーティをしている。77年にロンドンで、81年に東中野で、89年にフェニックスで、それぞれ20人以上の友だちを招いて食事を出して、歓談した。そのルーツはもしかしたら、ロンドンで教わったHouse Warming Party にあるのかもしれない。これは意外な発見だった。


■1997年12月分
■1997年11月分
■1997年10月分