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■1999.4.30

オフィスの引越し。朝から荷物の届くのを待っていて、夜七時まで拘束されてしまった。公私共に変化の多いときだ。連休明けからは通勤も新たな毎日が始まる。久しぶりに珍しいともだちと会って、話しをする。人との交わりが億劫になるときは、たいてい疲れている。出会いは発見と驚きに満ちいているというがわたしの持論。新しい場所で気持ちも新たに仕事をしようと思う。明日からは五連休。


■1999.4.29

みどりの日でお休み。久しぶりにELPのworks、Ladies & Gentlemen を聴きながら、衣類の整理をした。夏物を出していると、暑い日ざしが感じられる。これを着て会社に出かける頃、仮住まいともお別れだ。最近、映画を見ていないことに気付く。試写会のリンクを見つけてさっそく応募した。当たると嬉しいな。昔から、なにか新しいことを始めるとき、試写会にハガキを出して運試しする。運気のあるときは、なにをやってもうまく行くことを知っていたから、大きな波に乗って、苦労もなく過ごしてきた。いまも変わらない。仕事を見つけたかったら、履歴書用の写真を取ること。恋人がほしいと思ったら、なにかスポーツを始めること。気というものは、自分の努力で変えられるものだと信じている。


■1999.4.28

人間ドックのあと、銀行回りをする。あと2日で四月が終わる。飛び石でも、連続でも休みが続くのは嬉しい。猫たちと遊べるし、家の中もあちこち面倒を見ることができる。住まいはその人の生き方だとしみじみ思う。物を抱え込んで生きるか、何も持たずにすがすがしく生きるか、なんにしても完全な満足、完全な幸福というのは、ありえないのだから、その中で、なにを大切に思うかだ。旅行中、ホテルで暮らしているときのように、最小限の物で一日を過ごすのが好き。本当に必要なものがなになのか、真剣に考える必要がある。


■1999.4.27

午前と午後に会議がひとつづつあった。合間に一月前からの宿題を片付ける。忙しいときにかぎって、ほかにやるべき仕事を見つけてしまう。過去は振り返らないようにしているが、それでも引越しの荷物詰めをしているとなつかしい資料に出会ったりして、昔のことを考えてしまう。西麻布の交差点にあった毛皮屋さんや、青山墓地の桜の見事なこと、青山一丁目のホンダビルがまだ建設される前、あそこにはバイクのコースがあった。いつまでもねばっていられる喫茶店などなど。思い出は、かげろうのように揺らいで、心の中の場所を見つけてしまわれる。よほどのことがないかぎり封印されたままだが、でも何かの時に鮮やかに再現されるのだ。夜、久しぶりにともだちと会って、おしゃべりした。明日は、人間ドックの日。


■1999.4.26

月曜日から早起きして、会社に出かける。五月から場所が移動するので、目下通勤経路を考査中。こんなときは、駅すぱーとが役にたつ。混雑したターミナル駅をはずして、少し時間が掛かってもいいから、優雅に通勤したい。三十分違うだけで、乗っている客層が変わるのも首都圏の面白さ。引越しの荷物詰めの合間に仕事する。のんびりに帰ってきたらもピンク色の百合が玄関でむせかえるほどの香りだ。夜の闇に百合の香りって、少し決まり過ぎている。


■1999.4.25

眩しいほどの晴天。まるで台風の後のような青い空が広がっている。近くに住む恩師を訪ねて、甘夏、檸檬、夏ミカンなどを抱えきれないくらいもらってきた。ダイコンをきざんで、レモンと昆布をいれて漬け物を作る。フキを煮たり、牛蒡を炒めたりと、つぎつぎに料理をして、あいまに寝転んで、風に当たる。半袖のTシャツでちょうどいい気候。海の色を見ていると、夏の訪れを感じる。鯛飯は食べきれないので、圧力釜ごと持ち帰る。天気が良いのに道は空いていて不思議だったが、千葉では朝は雨が残っていたらしい。100kmちがうと、天気もいくぶん違うらしい。


■1999.4.24

朝から雨。予約していた美容院に出かける。春の雨は暖かい。三時過ぎに館山に出かけた。雨でも、雪でも、週末は館山で過ごすことにしている。心と体の静養になるからだ。どしゃぶりの雨のせいか、店は空いていて鮮魚類が安い。鯛をかって、鯛飯を作ることにする。三つ葉をさっと塩茹でにして、ポン酢でたべると春の香りが広がる。ナデシコは可憐で部屋にさがると明るくなる。おいしいものをたべて、のんびりするのがうちの休日だ。海辺の町は、一足早く季節が訪れる。夜半、すごい風の音で何度も目を醒ます。


■1999.4.23

高輪台にあるイタリアン・レストランで会食会。事務所が移動になって別れてしまう仲間が集まって、ご苦労様とたがいをねぎらう。外資の会社ではあまり宴会はないが、こうした仲良しの集まりは結構多い。高輪台はちょっとした穴場で美味しい料理をたっぷりいただく。春の雨もまた楽しい。帰ると退屈をもてあました猫二匹が待っていて、ひもで遊ぶ。猫にも週末はあるのだろうか。


■1999.4.22

事務所が四月末に引越しするので、手配に追われている。自分の家が終わったら、今度は会社と引越しが続く。セミナの報告書を書いて、フリーダイヤルの設置をしていたら、あっという間に帰る時刻になっていた。疲れたときは甘いものがいちばんとばかりに銀座鹿乃子を食する。読みたい本を机の上に置いて、むなしく一日が過ぎてしまった。


■1999.4.21

四月大歌舞伎に出かける。今月は中村姓の役者が集まった、中村会だが、二代目中村雁治郎十七回忌追善公演を兼ねているので、出し物も曽根先心中をたっぷり見せてくれる。扇雀あらため三代目雁治郎が愛らしい。変なたとえだが、メグ・ライアンに匹敵するあどけなさを持っている。やはり天性の役者なのだろう。銀座はいつ歩いても飽きない。その人の気持ちにぴったりする店があって、居心地がよい。おとなの街だろう。


■1999.4.20

朝からシスコセミナに出かける。95年にここで初めてインターネットの仕組みと概念を学んだ。そのときの講師だったドロシーにお願いして、資料をわざわざサンフランシスコから送ってもらったことを思い出す。TVが加入者500万人を超えるのに13年掛かったが、インターネットはわずか4年でそれを達成している。これから日本も含めて、世界はどうかわるのか。セミナで新しい概念を教わるというよりは、世の中の動きのきざしのようなものを、発見することが多い。講師のアメリカ人がきれいな発音で、ゆっくりと語ってくれたのでよくわかった。朝のすがすがしさがいっそう深まったような気がする。


■1999.4.19

今日も雨。午前中、Webの英語記事を読み直していた。シリコンバレーの150社は揃って、売り上げは伸びているのに利益がでないと書いてある。これが1998年の特徴らしい。1991年のリセッション以来の落ち込み方だというが、それでもアメリカは好景気である。日本が立ち直ることはあるのだろうか。これまで、経済の仕組みについて無関心に生きてきたが、それではまずいと思うようになった。会社の株価の動向で仕事のやり方が変わるとしたら、真剣になるだろう。日本人は入社したら、それでいいとばかりに普通のサラリーマンになってしまう。


■1999.4.18

野菜の買い出しにでかけようとしたら、雨が降り出した。激しい降りではないので、傘もささずに出かける。昨日食べたクコの若芽がおいしかったので、また、ここでも買い求めた。雨なのをいいことに、少し昼寝して、本屋さんに出かける。インテリアの雑誌が欲しかったのに、どれも荷物が多すぎる。狭い家を広く見せる工夫よりも、ものを増やさない意志の方が大切。都会でキャンプをするように、ひとつのカップとお皿でなんでも用が足りるようなシンプルライフが素敵だ。お金を出せばなんでも買えるが、それをして物を増やす前に、自分の生き方を考えてみたい。おいしいパンと入れたてのコーヒーがあれば楽しい朝も、ヨーグルトの銘柄に凝ったり、卵の種類にこだわったりしている。家族がいなければ、シンプルな生き方ができるのに、余分な持ち物がどうしても増えてしまう。


■1999.4.17

土曜日は良い天気だった。猫二匹を洗い、タオルで乾かす。洗濯物を干すと急いで館山に向かった。いろいろと騒がしい一週間を過ごしたので、週末は南房総で命の洗濯をする。一月ぶりに買い物に行き、文具売り場で一時間近く過ごしてしまった。新しいボールペンや、修正液、洒落た柄のノートなど、細々したものに凝ると大変。ぺんてるとハイブリッド蛍光ペンは、あざやかなパープルが好き。夕食後、持ってきた本を広げる。なにも仕事をしなくていいと、かえってぞうきんを縫ってしまったりする。苦いコーヒーに、テラミスの新バージョンを食べて、幸福だと実感。


■1999.4.16

金曜日は何となくうれしい。毎日、緊張をしいられているから時間を追われることなく、ぼうっとしていると人間回復になる。たまっていた手紙をゆっくり読んだり、猫とひもで遊ぶ愉しさ。仮住まいを始めてから猫がよけいに甘えるようになった。月曜から金曜まで仕事があるから、週末が楽しいのだ。時間はありすぎてもだめ。結局何もせずに一日が終わってしまう。今日から心を入れ替えて英語の勉強を始めることにした。まず http://www.economist.com/で経済についての視点を持とう。四月になるとなぜか勉強したくなる。学校を卒業して何年もたっているのに新学期が始まると、自分もなにかしなくてはと思ってしまう。


■1999.4.15

暖かな天気が続く。週末はまた、降るのかしら。仕事の流れがまた少し変わって、忙しいというよりは、新しいチャレンジが続く。毎日、徒競走をやっているようなものだ。嫌いじゃないから、やり遂げることができると信じていたが、少し違うみたいだ。相手がいるから、締め切りがあるからなんとか仕事が完了できる。相手を失望させたくないから、一定水準までやりとげようと思うのだ。印刷という仕事も奥が深い。相手が本物の職人だと学ぶことも多い。そう言う意味での本物は年々少なくなっていくが、まだ残っているのがありがたい。人生の哲学はこういう職人たちから教わることが多い。


■1999.4.14

今日は大安吉日。新しい家の地鎮祭を行なった。式次第があって、降神の儀から始まって、玉串の儀など執り行なう。日頃、神様と無縁な暮らしをしているが、こういう時は、古来の儀式が頼もしい。お祝なので、みなで赤飯をいただいたが、猫にも特別に【まぐろ御膳】をふるまった。天気が良いので二階は暑いくらい。網戸にすると、けっこう風が入って気持ちよい。ようやく春物の衣服を出すことができた。ELPファーストを聴く。


■1999.4.13

歩いて印刷屋さんまで出張校正に出かける。風はあるが、気持ちのいい気候だ。なぜ週末ばかりが雨なのかと、気圧配置をうらんでみたくなる。帰ってきたら、玄関にあるカーネーションのつぼみがいっせいに開いていた。ある日いきなり春になって、寒かったことを忘れてしまう。頼んでいたソフトが送られてきた。信じられないことだが、バージョンが上がって価格は安くなっていた。M$に聞かせてやりたい話だ。


■1999.4.12

何かやる気が起きないとき、モーツアルトのソナタを弾く。幼稚園の頃から十年あまり習って、物にならなかったピアノなのに、今頃になってまた、思い出したように弾いている。天才と言われたモーツアルトは技巧に走ることなく、素直に自分の心の動きを譜面になぞっているから、弾いていると楽しい。展覧会の絵のように気分が不安定になることもない。仮住まいを始めて、寝室の隣にピアノがあるので自然に練習するようになった。楽器がある生活はわくわくする。今週は、中休みがあるので、珍しく遅くまで起きていた。明日は天気になるだろうか。


■1999.4.11

日曜日の朝の贅沢は、早起きして、おいしい食事を取ること。パンにも凝って、コーヒーはカフェ・オ・レ、ヨーグルトも吟味する。あとは、うずらの卵の目玉焼き。これが黄身が多くて美味。千倉まで野菜を買いに出かけた。タケノコ、フキ、小カブ、あしたば、セロリなど季節の野菜をたっぷり選んで、料理する。採れたての野菜は甘くておいしい。帰りに富津館山道路を通ってみた。海沿いの混雑が緩和されるが、余りにも短い。将来は木更津までつながるとのことだが、同じような景色で無料の道がたくさんあるから、あまり有り難味がない。雨が弱まったところで選挙に行く。午後八時まで延長されたので、遊びに行っても十分間に合うのが嬉しい。留守の間、猫が寂しがっていたので、紐で遊んでやる。


■1999.4.10

週末は早起きして、遊びに行く前に家のことを片付けた。仮住まいなので、館山の家で過ごす時間は貴重だ。海の幸を食卓に並べて、春の一日を過ごす。週末のたびに雨が降るのはなぜだろうか。雨のおかげで、ゆっくりと過ごせた。PowerBookを広げ、一月間の成果をまとめてみる。毎日何かしら仕事をしていることが分かった。だから、忙しかったのだ。久しぶりに座ぶとんカバーを縫った。こんなことをする余裕すらなかったのだと驚く。夜半、激しい雨音がなんどか目を醒ます。


■1999.4.9

北青山まで、セミナに出かける。昔、ベルコモンズにあった聘珍楼がなくなってしまったので、西麻布の北海園まで歩いた。お天気はいいし、桜がちらちらと舞っていて、こんな東京が好き。ゆるやかな坂道を歩きながら、昔よく、この辺りで撮影に立ち会ったことを思い出した。西麻布は会社から歩いていけたので、懐かしい。六本木ほど騒がしくなく、洒落たレストランがたくさんある。道沿いに花屋や骨董品屋があって、眺めているだけで、嬉しくなる。


■1999.4.8

湾岸ぞいに通勤していると、晴れた日には富士山がくっきりと見える。関東・東海に暮らしているものにとって、富士山は特別な意味合いを持っている。江戸の新春に必ず上演された曽我物語も舞台は富士の裾野である。昔の銭湯に描かれていたのは駿河湾あたりの景色だろうか。富士見坂が東京にはいくつもある。ELPの展覧会の絵を聴く。iMacの大きなポスターを正面の壁に貼ってみた。部屋が急に明るくなったような気がする。


■1999.4.7

いかにも新入社員という集団にあちこちで出会う。四月は入学、入社とまた気持ちが改まる。年の始めと年度始めは少し意味合いが違うが、それでも新しいことを始めようという意気込みは感じられる。仕事の方も新しいことをいくつか始めようと思う。慣れと安心だけで暮らしていると、冒険心を忘れてしまう。原稿がいちどに戻ってきた。自分で考えて、上手に息抜きをしよう。だれかに親切にしていると忙しいときも平らかに過ごせるような気がする。


■1999.4.6

晴れたり、曇ったりして少しずつ春が深まってくるはずなのに、まだまだ寒い日が続く。久しぶりに二時間もTVを見る。慌ただしく過ごしていると時間がどんどん過ぎておそろしいくらいだ。仕事上で日頃のネットワークが物を言って、欲しかった情報がすらすらと入ってくる。こういう人間関係は大切にしなければと思う。


■1999.4.5

四月になって、また語学講座が始まった。懲りずに仏語、イタリア語などに挑戦する。毎年のことだが、五月の連休まではなんとか早起きして、番組を聞くのだが、その後、遊びに行って、新しい講議を聞き逃すと後が続かない。学問を習得するのに、楽しいだけのはずがなく、こつこつと努力、熱意、暗記など苦手なことばかりが必要。結果がすぐでるものが好き。だから、三十分で回答が出る料理は大好き。雑巾を縫うのも好きだ。


■1999.4.4

館山から三宅坂の国立劇場まで、歌舞伎を見に行く。皇居のお堀端の桜は見事。水に映る姿がよい。出し物は十六夜清心の通し狂言。さすがに通しで全幕見ると、見ごたえがある。江戸のゆすりたかりには型があって、切られ与三も、二人連れでお富の新宅にでかける。三津五郎が亡くなって、代役を勤めた團蔵がよかった。先月の岩藤のときより、すっきりと役者振りが上がったような気がする。


■1999.4.3

家の解体が4月5日に決まったので、残っていた冷蔵庫を運び出す。夏に向かって、二台目の冷蔵庫は貴重だ。からっぽになった中身を掃除すると、ピカピカに生まれ変わった。なんとか仮住まいの水飲み場に置くことができた。万世で食事して館山に出発。春休みの最後の週末とあって、道が混んでいるのに驚く。ラスベリーが生で売っていたので、ヨーグルトに混ぜて食べた。ロンドンのチーズケーキにはこれをかけて食べるのが似合っている。


■1999.4.2

強い風で桜の花も散っている。この週末にお花見を考えていたので、気が揉めるところだ。去年の今頃は、まだローマにいた。一年たつのは、早いもの。こうやって年々歳々、桜の散るのを眺めながら、知らぬまに年を取ってしまうのだろうか。仕事がひとつ終わったので、ほっとしている。猫がいる生活のせいか、夜も楽しい。みんなが寝静まった頃、ひもで遊ぼうと擦りよってくる。


■1999.4.1

この一週間、原稿の締めきりに追われていた。印刷物はWebページと違って、あとからの訂正ができないから久しぶりに緊張する。三月に引越ししてから慌ただしく過ごしていたので、週末が待ち遠しい。館山に行って、おいしいお寿司をいただこう。仮住まいの合間にピアノの練習を始めた。もちろん、曲目は展覧会の絵。自分でプロムナードをおさらいして、その後ELPの展覧会の絵を聴くのがいまのいちばんの愉しみ。TVはまったく見ないので、段々、友だちとの会話が合わなくなってきた。


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