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夢九夜


 今朝、エレノールが来て、セバスチャンが近頃、老けこんだことなど、笑いながら話してゆきました。彼女は昔と変わらず、いや、少し陰りのようなものが強くなった感じで、美しい人です。

《エレノール、前にはあなたが愛されるのを不思議がったけれど、今ではよくわかるわ、何もしなければ愛されるのね。》

《そう、わかった。》
エレノールは多くを語りません。沈黙だけで十分にエレガントだし、何が困ることがあるのでしょうか。

《そして、愛されれば、愛されるほど、相手が失礼な男に見えてきて、逃げだしたくなるのよ。》私はこれを話すために、待っていたようです。

《私がレストランで置き去りにしたように》エレノールが尋ねます。

《そう、まさにそれよ、そうだったわ》

《でも、初めは悪くないと思った人でしょう》

《そうなの、始めはわりと気に入ったひとだった》私は記憶の糸をたどります。

《それで、人生が少し変わったの》

《悪くはないけれど。でも退屈だわ》

《私と同じくらいに》
そこでふたりは、ころころと笑い出しました。まるで女学生みたいに。

そこへセバスチャンが、例の大まかな足どりで現われて、私たちはぎっとして、それからまた笑いました。

《ぼくのこと話していたの》
彼の心配そうなしぐさ、昔とちっとも変わっていません。

《あなたは、昔と少しもかわっていないわ》と私が言うと、

《昔、冗談じゃないよ、たった三年しかたっていないだろう》

《十一年前よ》とエレノールが言い直しました。
《愛されて、退屈な人生を送っている女》とエレノールが呟きました。

《それが今のきみなの》とセバスチャンは、不思議そうに私を見つめます。
《ぼくの可愛い子猫ちゃんが、もうそんな年になったのか》彼は信じられないふうで、私に話し掛けます。

《半信半疑の魚って知っている。
尾ひれだけ青くて、透明な胴と、鈍く銀色に光る頭部を持つ魚。
私のこころの奥深く潜んでいて、ときおり顔をみせるわ》エレノールが、語るとそのまま話に引き込まれてしまいます。

《それから、さっと姿を隠し、あと半年は出てこない。
でも、私はおまえが大好きよ、退屈させないもの。》エレノールは、また黙り込んでしまい、セバスチャンと私は、辻褄のあわない世間話をしばらく続け、やがて別れます。

次に会うとき、ふたりは変わっているのでしょうか。エレノールの退屈をまぎらす方法を見つけたら、いつでも連絡してください。




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