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夢十二夜


ファンクラブの集いで、会社の女の子たちが騒いでいる。自分のブースに彼の写真やポスターをべたべた張り付けて、それを見ながら仕事をしている人たち。写真の彼は、いつも別人のように見える。

向こうで彼が軽く会釈する。わたしも、微笑み返す。そして、静かに会場を離れた。ホールの反対側にあるエレベータに乗り込もうとすると、いきなり腕を掴まれた。

《それは危ないよ》

彼だった。

《こんにちわ。》

《元気だった。》

《ええ。》
わたしは、あたりを見渡す。まだ、だれも気付いていない。

《こんなところで、話しているのがわかったら、大変なさわぎになるわ。》

《そうだな、控え室で少し話そうか。》

そこで、歩き出す。

わたしたちは、恋人でもなく、友だちでもなく、もっと近しい関係、たとえば従姉弟どうしというところだ。人に見つかったら、従姉弟だということに決めてあった。

《どうして、こんなところに来ているの。》

《あなたのファンクラブのひとに連れてこられたのよ。九千円もするチケットも買わされたわ。》

《言ってくれれば、切符でも招待券でも送ったのに、従姉弟ってことになっているんだよ。携帯の番号も教えただろう。》

《あんな長い番号、覚えられないわ。どこかに書き留めてあるけれど、探していない。》


わたしたちは、偶然知り合った。ちょうど二月前のことだ。

わたしは、知り合いの家を訪ねて帰るところだった。エレベータが閉じる寸前に乗り込んできた男は、雨でもないのにレインコートを羽織り、帽子をまぶかくかぶり、無気味だった。エレベータは密室である。はやく、だれかが乗ってくれないかと、願った。エレベータは十五階から音もなく下がり、七階と八階のあたりでにぶい音を立てて停まった。電燈が一瞬とぎれ、また、付いた。事故か故障だろうか。

《すみませんが、係りに連絡してくれますか。僕ちょっとまずいんです。》

どこかで聞いた声だった。

男のほうをじっとみると、にこっと笑った。きれいな歯をしている。たしかに知っている顔だ。アイドルタレントにこんな顔がいたなあと、考えていると。

《はじめまして、XXXXです。》

と、男がいった。

《警備のひとに、僕が通報するとさわぎが大きくなるから、あなたから、連絡してくれませんか。》

わたしはだまって、非常用のボタンを押す。ブザーが鳴り響いた。ややあって、警備保障の担当者の声がする。

《どうされましたか、》

《エレベータの故障です。七階と八階の間で突然停まってしまいました。すぐに助けにきてください。》

《あなた、お一人ですか、》

《いいえ、弟といっしょです。ふたりだけです。》

《わかりました、すぐにそちらにうかがいます。そこにある番号を読んでください。》

《ありがとう。助かりました。》
XXXXは、初めて帽子をとって、挨拶した。

冗談じゃないわ。なぜ、こんなところにいるのよ。わたしは心の中で、叫んでやる。

エレベータの保守の人がわたしたちを助け出し、ふたりだけで何時間も閉じ込められていたことを知ったら、フォーカスに載ってしまうわ。顔写真に年齢付きでアイドルタレントXXXXと密室ですごした女、ふたりは?? なんてタイトルで。

《何か気に触ることでも、ありますか。》

《どうして、》

《怒っているみたいだから。》

《エレベータに閉じ込められて、嬉しがっている人なんていないわ。もし、だれかがあなたに気付いたら、助け出されたとたん、カメラのフラッシュ浴びて、写真週刊誌に顔写真入りで載ってしまうわ。そうしたら、もう会社にいけなくなってしまう。》

《僕って、そんな嫌なやつですか。》

生意気で、甘やかされていて、なんでも思い通りになると信じている、と、心の中で反芻する。でも、やさしい笑顔をみていると、口に出してはいえない。

《あなたが今どんなこと考えているか、だいたい想像つきますよ。迷惑なんでしょう。騒ぎに巻き込まれたくない、僕といっしょだったことをだれかに知られたくない。》

《その通りよ。会社にあなたの熱烈なファンがいて、美容院まで同じにして、あなたと出会うことを待ち望んでいるといっていたわ。》

《あなたがそういうファンでなくて、ほんとうによかった。ここで抱きつかれたらどうしようと、実は心配していたんです。》

わたしが、そんなふうに思われていたのかと思うと腹立たしい。恋人なんか、掃いて捨てるほどいるのだ。

《それにしても、保守サービスの人、遅いですね。》

《まさか、これ、テレビの新番組の一部ということはないわよね。視聴者参加番組の。》

エレベータのどこかに隠しカメラが据え付けてあって、わたしたちの一部始終を撮影している。そんなことになったら、彼はいったい、どう切り出すだろうか。

《あなたは、広告代理店の方ですか、業界のひと、すごく詳しそうですね。》

《ええ、企業の広告担当をずっとしているわ。名刺を差し上げましょうね。でも、あなたのことを使う予算はないから、期待しないで。》

《コンピュータを作っているんだ。会社に電話してもいいですか。》

《なぜ、》

《あなたとときどき話したいと思うから。》

《なるほど、芸能人というのは、知り合うと、必ず、そう言うことになっているのね。》

《ぼく、真面目な話、自分の住んでいる世界の人しか、知り合いがないので、こんなところで、新しい方と出会えるのも何かの縁だと思いますよ。》

それから、彼は今、つきあっている恋人について、長々と話をした。初対面の女の人に話す話題ではないと思うが、これだけまとまった時間が取れることはないので、相談にのってほしいといわれた。それから、助け出されたときに、カメラが待っていて、何か質問されたら、どう答えたらいいかと、これも話し合った。そして、結局、従姉弟どおしということにして、マスコミからうまく逃げ出そうということにした。

案の定、三時間後に無事救出されたときは、マンションの前はたいそうな人だかりだった。わたしたちは、そのまま救急車にのって、病院に届けられ、手はず通り、裏口から、そっと逃げ出した。その間、なぜか、わたしもずっといっしょだった。メンバにも、あくまでも従姉弟といって、彼は別れ際に携帯電話の番号まで、渡してくれたのである。

あれは、夢だったのだ。彼とすごした何時間かの濃さ。アイドルタレントと言い切れない、頭のよさに、うっとりして文句なく楽しかった。

《何を考えているの。》

《また、閉じ込められたいと思ったの。》

《今度は、なにが起きても、おれ、責任とれないからね。》

ふたりは笑った。従姉弟どうしでいいのだ。ずっとこのままでいたい。心からそう思った。




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