1974.3.17
■日本のクラスメートから便りが来た。

ロンドンに来てから、どんどん運気が上がっているみたい。だって一生のうち何度も起こらないようなことばかり続いて起きている。今日なんか、クラスでいちばん格好いい男の子から手紙が届いた。もちろん、わたしがお便りしたのですが、まさか返事をもらえるなんて思っても見なかった。なんといっても嬉しい。一日中、上機嫌で舞い上がっていました。ところで、トラフィックのチケット買ったのですが、日付けをみて、がくぜん。だって5月18日なんですよ。あの人、MayとMarchの区別が付かないのでないかしら。また、会うことがあれば文句をいおう、£1.70も損したのですよ。


1974.3.18
■午前中美術館めぐりです。

テートギャラリー(ターナーなど印象派が多数展示)がお気に入りです。88のバスで一本で行けます。入場料は全部無料。ロンドンでは、美術館、博物館はすべて無料です。この頃は大英博物館も日曜日の朝から開いていました。いい絵が見られて、気持ちよく過ごせて、美術館は最高のひまつぶしです。テートギャラリーはテムズ川のBankの近くにあって、とても静かです。その昔、夏目漱石がここをよく訪れたときいて、ターナーの描くベニスの光に満ちたキャンバスが懐かしかったのでしょう。この国には、明るい光が足りない。夜はもちろん、マーキーに行きました。キャメルのレコードを買ってかえろう。


1974.3.19
■きのう、日本の夢をみました。

野口五郎やジュリー(沢田研二)がでてくるのです。きっときのう日本人ばかりのパーティーに出たせいだろう。レコードも買わなくちゃ。Queenとか、有名でないものも。今、ラウンドハウスを見てきました。ここから45分くらい。ただのきたないホールです。そして、ちょうど雷雲が空を覆い、いままさに、雷が音とともに落ちたところ。イギリスの春は、こうしてくるのですね。一雨ごとに暖かくなっていくみたい。一昨日からロンドンはサマータイムに入りました。日曜日の朝が一時間はやくなって、わたしも慌てて時計の針を進めました。これで日本との時差は八時間です。わたしは、髪型をかえたくて悩んでいます。いままで買った洋服がどうもしっくりいかない。せっかく、ロンドンに来たのだから、キース・エマーソン風に、あるいはスージー・クワトロ風に決めてみたい。まだ、結論はでません。


1974.3.20
■届いたELPの切符はなぜか4月21日なのてす。

ELPはなぜか、4月21日のコンサートの切符が来て、考えてもいなかった事態になりました。せっかく4月20日に飛行機を予約したのに、これでは、キャンセルして、26日に変更しなくちゃ。そのころ、学校は始まっているのに、新学期に間に合わない。一応大学の三年ですから、履修登録もゼミの講議もあるというのに。こまった、こまった。それにここに留学するはずの友だちから、連絡がなくて心配しています。その子を無事下宿先までとどけるので、ここにいるのですから。


1974.3.21
■所持金はすべてトラベラーズ・チェックです。

旅行に出るとき、ポンドのトラベラーズ・チェックを作りました。現金がなくなると、King's Road と Beaufort Street の交わる角に National Westminster Bankがあって、いつも、ここで両替えしてもらいました。£20 のチェックにサインし、Ten one, Five two, please というと、£10 札が一枚、£5 札が二枚でてきます。現在、この銀行は閉鎖され、パブになっています。


1974.3.22
■レインボシアターで Ten Years After (アルビン・リー)のコンサートがあって、でかけたら、ロッド・スチュワート と ロン・ウッドが来ていて、サインをしてもらいました。

なにしろ、サイン帳なんて用意していなかったから、青のボールペンで、ワンピースの襟のあたりにサインしてもらったのです。飲みかけのコーラも貰ってしまった。周りにいた、イギリス人たちも、羨ましそうにみていました。なにしろ、こちらは花の二十歳ですから。


1974.3.23
■ロンドンでかったワンピースは、胸が開きすぎて困ります。

ロンドンの洋服は、まず丈が長い。つぎに胸が開きすぎている。そこで、白のレースの端切れをかって、胸に縫い付けて着るのです。毎日、ロングドレスを着て、階段では裾をひきずって歩いていました。